離婚体験談

妻が預金口座から横領していたことが発覚。 協議離婚を迫れるが。

元妻とは結婚して13年目で、元妻の私の預金口座横領が発覚してギクシャクしました。 その2年後に元妻は弁護士を伴って、協議離婚を迫ってきました。 私は最初驚きましたが、私の知り合いの弁護士に相談したところ、「弁護士は何の権限もないのです。 一般の人は弁護士と聞くと恐れをなして言いなりになってしまうのですが、弁護士は裁判所の人間ではなく、何も権限がない、そんな商売なんですよ」という言葉が勇気を与えてくれました。 冷静になり、考えてみたところ、元妻の実家は裁判沙汰を何度もやっています。 実の兄弟とも財産でもめて、裁判を2 3回やっています。 経営していた不動産をやめるため、1階部分の店舗の経営者に退去を促し、裁判を起こし、法廷で相手方にぶん殴られた元妻の父親もいます。 そんな奴らです。 社会のゴミみたいなもの。 かっこつけて弁護士に依頼して、更に金をふんだくってやろう、困らせてやろうという魂胆が見え見えでした。 そして私は、相手方の弁護士を最初は、「こちらの弁護士と相談している」とそれなりの返事で返しました。 それから2か月、こちらからは連絡を一切入れずにいたら、「大至急、連絡ください」と相手方の弁護士が慌てだした。 きっと相手方がイライラしてきたのでしょう。 弁護士を入れて追っ払ってやると考え、3ヵ月もあれば片づくと相手方は考えていたのでしょう。 こちらは徹底的に無視。 すると4か月目に裁判所から通知が来ました。 調停を申し立てられたのです。 結果的に調停では粘りに粘り、6回の調停を経て成立させました。 3回目の段階で相手方の勢いがなくなってきたことに気づいたのですが、相手は金持ちだとアピールするようなお馬鹿さんでした。 それが、どんな条件でもいいから成立させるという焦りが見え始めたのです。 蓋を開けると、所有不動産のアパートが3棟ある相手方。 しかし、全ての物件がレオパレスだったのです。 離婚が成立してから1か月ほどでレオパレスの経営破たんのニュースが発表されたのですが、ちょうどオーナー会議の頃にバタバタし始めたのです。 1棟所有でも自己破産すると言われていますが、3棟とは馬鹿レベルです。 それから、調停している最中に元妻の妹夫婦の旦那が仕事辞めて、実家近くに引っ越してきてプータローしているので将来が見えなくなった。 更に、元妻が親しげにしていた市議会議員が急死したなど、相手方は底なしの転落劇に見舞われている模様。 対する私は、子供は奪われましたが、仕事も高給の職場に転職でき悠々自適の生活になりました。 離婚という分岐点で、どちらかが上がりどちらかが下がります。 芸能人、有名人を見ていても急上昇する人がいます。 私はどちらに振れるのだろうかと悩んだ時期もありましたが、結論的には、こう言えます。 お金で悪いことをするような人は、離婚でその悪いことが一切できなくなります。 ブツッと生命線を切られているのです。 だから落ちるのです。 何も悪いことはせず、それまで通りの生活をしている人は離婚により、悪さをする害虫がいなくなるので全方向に良い方向へと向いていくのです。 ですから上がるのです。 向こうから申し立てられたのですが、私は現在、こうなってくれて良かった!と心の底から感じています。

60歳男性 今の平穏な暮らしは2人の妻のおかげ

私は昨年60歳になりました。 今は二人の子供が、ともに社会人になって離れて暮らしているため、妻と二人での生活になっています。 最初の結婚は24歳のときでした。 大学のサークルの後輩と、学生時代に半同棲生活が始まりました。 先に私が卒業し、地元を離れて就職してしまいましたが、1年遅れて卒業した彼女は、私の住む街にやってきて働き始め、そのまま結婚することになったのです。 彼女は23歳でした。 若い二人の結婚生活は、私のせいでバラバラになってしまいました。 私は結婚・家庭というものをきちんと理解できてなかったのだと思います。 独身時代と同じように、毎日外で遊んで帰る、自分の給料は自分の小遣いとして使ってしまう、という生活を続けていました。 何人かの女性と付き合っているのがバレて、何度もケンカしました。 挙句の果てに、売り言葉に買い言葉で、自分が出ていくことになったのでした。 別居した当初は、妻が家庭のことをきちんとしてなかったからなどと、自分の不倫を妻のせいにしていましたが、いま考えると、悪いのはすべて私です。 別居生活が何年か続き、その間も何人かの女性と付き合って遊んでいた私でしたが、いよいよ、今の妻に出会い、いろんなタイミングが重なって、結婚することになりました。 前妻と正式に離婚したのはこのときでした。 二人で暮らしたのは5~6年、別居してから2年ほどの夫婦生活にピリオドを打つことになったのです。 前妻との生活は、お互いの親元を離れてのままごとみたいなものでしたが、今度は妻の家族の近くで生活することになり、ここでようやくきちんとした?結婚生活が始まりました。 前の生活では考えもしなかった家を建て、犬を飼い、二人の子供が生まれました。 人並みに子育てをし、その子供たちも巣立ち、今は夫婦二人の生活。 この先は老夫婦となり二人で支え合って暮らしていくのでしょう。 前妻の人生は、私のせいで台無しになってしまいました。 これは今さら反省してもどうしようもありませんが、本当に申し訳ないと思っています。 ただ、おかげで私は人並みの生活をすることができ、今、人生の最終章にさしかかってきています。 前妻と今の妻のおかげです。

30歳男、仕事を失って離婚されたけど、良かったこと。

一口に”離婚”と言っても、色んなケースがあると思います。 僕の場合は『離婚した』…と言うより『離婚された』と言ったほうが正確だと思います。 なぜ離婚されたかというと、30歳になったばかりの結婚1年目の冬に事故に遭い、それが原因で仕事を失ったからです。

いわゆる甲斐性なしの夫になって妻から離婚を告げられた。 これが真相です。 そう聴くと…なんて薄情な妻…と思う人も居るかもしれませんが、一番の原因は、仕事を失ってから、なかなか立ち上がろうとしなかったからです。

まじめに積み上げて来たものが、一気になくなると男はふさぎこんでしまいます。 でも女は、そんな心の弱い男に愛想をつかす。 …今考えると当然のように思います。

子供は居ませんでした。 それがせめてもの救いです。 離婚が決まったとき、妻に言われた言葉を今でも覚えています。 『あなた…ほっとした顔になったね』…と。

僕はその時、自分の正直な気持ちが表情に出てしまったと思いました。 結婚するまでは結婚って、夫婦二人だけのものだと思っていましたが、実際に結婚をしてみると、両家の親戚や兄弟などの世間体を気にして、自由に生きてなかった気がします。

もちろん、これも色んな性格の方がいらっしゃるので、一概には言えませんが、僕の場合は型にはまった生活に向いていませんでした。

妻の姉夫婦は歯科医で、実家は土建業を経営していて、僕も何とか大手建設会社に勤めてはいたのですが、こういう世間体という名の、目に見えない競争にプレッシャーを感じていたのかも知れません。

しかし離婚によって、僕は再び自由を手にすることができました。 離婚後、僕は自分の才能で生きていくことを決意して、組織に属しない生き方を選びました。

具体的に言うとカメラを片手に旅をしながら、生きているみたいな感じです。 ただし断っておきますが、金銭的には不安定です。

ただ収入は少ないですが、結婚していたときより自由なお金は増えました。 また一番増えたのは時間です。 とはいっても毎日遊んでいるわけではなくて、好きな仕事ができるようになった…という意味です。

今は結婚という束縛からの反動で、まったく逆の人生を歩んでいます。 ただ最後に…みなさんにアドバイスをすると、僕の生き方が、すべての人に向いているか?…といえば違うと思います。 堅実に家庭を持って、子供を育て、生きて行くことに生きがいを感じる方もいらっしゃると思います。

離婚に色んなケースがあるように、結婚にも色んなケースがあるので、自分にとって正直な生きかたは何か?を…もう一度考えてみることが大切だと思います。

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